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舞台芸術・芸術見本市2001大阪
JCDNセミナー  「ダンスの持つ可能性」


日時 2001年8月1日(水)17:10〜20:00
会場 大阪国際会議場 12F特別会議場

各パネラープロフィールへ

(司会 佐東範一 JCDN代表) 
コンテンポラリーダンスとは、さまざまなダンスの影響を受けながらも、今の時代に自分のオリ
ジナルな作品を創ろうとしているアーティストによるもので、Japan Contemporary Dance 
Network(JCDN)は、そういった作品を紹介するだけでなく、社会とダンスをつなぐための
NPOとして、2001年4月に設立されました。
 ダンスは見せる部分以外に、それ自体がいろいろな可能性を持っており、海外ではいろいろな
試みが行われています。しかし、日本では見るものだという意識が強く、そういった試みはまだ
数少ないのが現状です。今日のセミナーでは、どういうことが行われているかということを、海
外の例も含めて紹介していただきます。

「イスラエルでのダンス教育」 
ズィヴ・ネヴォ・クルマン 氏(イスラエル大使館文化担当官)

この10年ほど、イスラエルでのダンスシーンは非常に発展してきました。イスラエルは人口約600
万人の非常に小さな国ですが、プロのダンスグループは60以上もあり、その多くが国際的にも高い
評価を得ています。バットシェバ・ダンス・カンパニーやキブツ・コンテンポラリー・ダンス・カ
ンパニーほか多くのカンパニーが来日公演をしていますし、今年の10月にはノア・ダールとインバ
ル・ピントという2組の若いダンサーとそのグループが来日します。
 
 このような成功は簡単なものではありませんでした。イスラエルには文学や音楽などでは非常に
古い歴史がありますが、芸術性のあるダンスという面ではあまり歴史がありません。約100年前にこ
の国に移民してきたユダヤ教徒たちは、本当に何もないところからダンスを始めたのです。もちろん、
ほかの国からの影響も受けています。戦争でドイツを出なければならなかったユダヤ教徒たちはヨー
ロッパの表現主義ダンスを持ち帰ってきましたし、戦後のアメリカのダンスからも非常に大きな影響
を受けました。

 しかし、現在ほどイスラエルのダンスが発展した背景には、ダンス教育の存在が欠かせません。
プロを養成する学校もたくさんありますが、今日ここでお話ししたいのは、普通の教育に統合された
「みんなに向けてのダンス教育」についてです。イスラエル文部省は一般の学校向けのダンス教育プ
ログラムをつくっており、どの学校でもこのプログラムを取り入れることができます。親が子どもの
通う学校を選ぶことができるイスラエルでは、親は学校に対して「もっとおもしろいカリキュラムを
組んでほしい。いろいろな授業を選択できるようにしてほしい」と圧力をかけることができますから、
最近ではアートのレッスンを取り入れる学校が増えてきています。

 イスラエル文部省は、このダンスプログラムについて書いたものの中で、「1.ダンスは人間の基
本的欲求である。2.どの文明、文化も、ダンスはその社会的価値観、倫理観を反映する。3.ダン
スは人間の心、個人の感情と肉体の状態をも反映する。ダンスは意見、批評、非服従を表す手段とし
ても使うことができる。4.ダンスをとおして芸術的なメッセージを理解したり、自分を表現したり
するのは時間がかかるが、それは指導や経験によって高められる。5.ダンスは動きで見る言語であ
る。この言語をとおして、自分のことと周りのことを知る。この世界共通の言語は、感情、知的能力
と創造力を発展させる。6.ダンスは他の文化をよりよく理解するための文化的現象である」と言っ
ています。

 今日、特に皆さんに紹介したかったのは、キブツ・ガトーン・ダンススクールです。この学校はプ
ロ養成学校ではありません。ここに入りたいと思った子どもはだれでも入ることができ、例えば学習
障害のある子どもたちも一緒に学ぶことができます。子どもたちはキブツの中にあるほかの学校で普
通の授業を受け、午後にはこの学校でダンスの勉強をするというシステムになっています。はじめの
何年かはゲームをしたりいくつかの動きを学ぶだけで、プロの訓練のようなことは全く行いません。
4〜6年生になって初めてダンスの基礎を始め、高校生ぐらいになってようやく毎日ダンスをするよ
うになります。

 イスラエルでは、ダンスというのは一般の教育の中で行われるべきもので、自分の身体をどのよう
に使うか、他人との関係をどうするかということを知るための手段として使われます。アートやダン
スは生活の一部であって、それをとおして自分たちもより理解を深めることができるという考え方な
のです。ダンス教育は、文化的な社会を発展させるために中心的な役割を果たしているのです。

「子どもとダンス」
堤 康彦 氏(NPO法人「芸術家と子どもたち」代表)

 ASIASプロジェクトとは、芸術家に小学校へ行ってもらい、その学校の先生と協力してワークシ
ョップ型の授業を行うというものです。昨年の7月からスタートし、これまでに9つの小学校で実施し
ています。来年度からスタートする新しい学習指導要領では「総合的な学習の時間」が導入されますが、
これは今までに全くなかったカリキュラムで、それぞれの学校の創意工夫のもとに授業を考えていくこ
とになります。今、学校の現場はそれをどうしていくか一生懸命考えながらも、ある種混乱していると
ころもあるかと思います。その辺を視野に入れながら、学校の外部から芸術家が入っていって何ができ
るだろうかということで始めたプロジェクトで、新しいアートを創り出しているプロフェッショナルの
アーティストに参加してもらっています。

 一例として、井手茂太さんという振付家が小学校で行った授業をご紹介します。音楽の先生が窓口に
なり、音楽発の総合学習のようなかたちで行いました。60分の授業の半分を準備運動にあてて子どもた
ちを心身ともにリラックスさせ、そのあと少し変わったかたちで歩いたり走ったりしてみるという授業
でした。子どもたちも非常にリラックスして次のプログラムに移っていきますが、知的障害のクラスの
子どもが1人、みんなのところに行きませんでした。井手さんは彼を無理やり行かせるのではなく、彼
のところに全員を集めるという方法をとりました。彼のやり方の中には、「みんなが違っていていいんだ。
それぞれのペースで、待つことを大切に」という考えがあったようです。この授業では常に音楽をかけ、
音楽の中で身体を動かすというかたちで進めていました。

 ほかにも、作曲家の野村誠さんと振付家の山下残さんが、新しい舞台作品の創作の途中の段階を子ども
たちに見せて意見を聞き、作品の創作に反映させるという授業や、時間をテーマに、ラジオ体操や日常の
いろいろなシーンのスピードを速くしたり遅くしたり、逆戻しでやってみるという白井剛さんという振付
家の授業、日玉浩史さんというベルギー在住の振付家もありました。パッケージされたワークショップを
もっていくのではなく、先生とアーティストが、学校ごとに授業*(を 削除)の内容を決めています。
このように、ASIASプロジェクトの特徴は、学校の授業という子どもたちにとっての日常の中に、ダ
ンスアーティストが入っていって、ダンスと子どもたちを出会わせるという点にあります。全員が受けな
ければならない半ば強制的なかたちですが、そのことによって普段全くアートに触れる機会がない子ども
もアートと出会うことができます。子どもたちの方はアートということはあまり意識していないかもしれ
ませんが、私は子どもたちにとっても今の学校教育にとっても、こういう出会い方が必要ではないかと考
えています。

 これまでの学校教育では身体性ということが非常に軽んじられてきたため、身体感覚というものが子ど
もたちに欠如してしまっているのではないかと思います。総合学習についても、頭で考えること、調べ学
習という方法をとる学校が多いのですが、身体で感じて身体で表現するということがもっと取り入れられ
てもいいのではないかと思います。また、今の子どもたちは仲よくしているようでもなかなかうまくコミ
ュニケーションがとれておらず、特に身体的な接触ということをあまりしていない。そういう部分をこう
いうダンスのワークショップで補うことができるのではないかと思っています。さらに、学校の教育では
どうしても「みんな一緒」という感じですが、それぞれ違いがあっていいのだということが、この授業で
伝えられたらと思っています。

「障害者へのダンスワークショップ」
岩下 徹 氏(ダンスアーティスト)
  参考サイトへ

 82〜83年ごろ、私はダンスではなくバンドや芝居をしていました。しかし、バンドは自然消滅状態、芝居
の方はこれから入団しようとしていた劇団が解散してしまうなど八方ふさがりの状態で、部屋に閉じこもる
日々が続きました。そんなある秋の夜、電気をつけないで部屋にいた私の身体を、月明かりが照らしました。
そのことで初めて自分の身体というものに気がつき、自分で自分の身体を愛しいと思ったのです。そのときに、
残された人生をこの身体一つでできることに捧げたいという決意をし、私は即興のソロダンスを始めたのです。

 とはいっても、身体が動く状態ではありません。部屋を片付けて窓を開け、外に行って風を感じ、こわばっ
た自分の身体を慈しみながらほぐしていくうちに、少しずつ自分の感覚が戻っていく、回復していくことに非
常に喜びを感じました。その部分がダンスセラピーの心にも通じていると思います。今まで自分が自分に対し
て施してきたようなことが、患者さんと一緒に共有できないだろうか。そういうところからダンスセラピーは
始まりました。

 湖南病院で取り入れられているダンスセラピーは、ダンスを精神医療に役立てようとする試みで、参加は主
治医の判断によりますが、本人の意思が最も尊重されています。ダンスセラピーでは、まずリラックスするこ
とから始め、そして身体の動きで表現することを試みます。1つの動作が終わるごとに拍手が起こります。
こうしてお互いを認めあうことによって、少しずつ他者との交流が回復してくるのです。言葉で表現できなか
った人が少しずつ人の輪に入っていけるようになり、言葉が出たり、表情が変化していって、自然の笑いが漏
れるようになります。

 この10年間で、ダンスセラピーの内容も少しずつ変わっています。以前は病棟から離れた場所でしていました
が、今は場所を病棟の中に移しています。どうしても周りの音が入ってきますので、癒し系の音楽を使ってそれ
を和らげていますが、基本的には音楽に合わせて身体を動かすということではなく、自分の身体の感覚に素直に
なって身体を動かすというものです。病棟の中に場所が移ったことで、あまり体が動かない方や高齢の方も、ス
タッフの介助のもとに参加できるようになりました。そこで時間を短縮し、動きも緩やかにして、来ている人た
ちができるだけ参加できるようにしています。あくまでも強制ではなく、したくなければしなくてもいい。途中
で抜けてもいいし、またしたくなったら戻ればいいという約束で進めています。
 一番大切なのは待つことです。自分の身体の感覚に静かに耳を傾ける。でも、それは急いだり焦ったりしてい ると感じられなくなってしまう。ひたすらじっと耳を傾け、耳をすますという状態の中ではじめて現れてくるも のなのです。

「イギリスにおけるコミュニティダンス」
南村 千里 氏(ダンスアーティスト)

 今日は私がイギリスで学んできたコミュニティダンスについてお話ししたいと思います。コミュニティダンス
に関心を持ったのは、10年ほど前です。それまで、耳が聞こえない私にはダンスはできないと思っていましたが、
障害のある人と障害のない人がともに創るダンスのワークショップに関心を持ち、参加することにしました。

 それはAMICIダンス・シアター・カンパニーの創設者であるヴォルフガング・シュタンゲ氏のワークショ
ップでした。AMICIは障害のある人とない人が一緒に創っていくイギリスのプロフェッショナルなカンパニ
ーで、欧米では高く評価されています。そのワークショップで、人と人とのふれあいによって相手の音が私に伝
わり、私の中にある音によって踊ることができるということを教わったのです。聞こえる人たちには聞こえる人
たちの音がありますが、それと同じように、聞こえない者には聞こえない者の音があります。みんな違っていて
いいのではないかということです。「アートとは、まず個人であるというところから出発し、その一人一人の違
った感性を分かち合いたいという心が大事なのだ」という彼の言葉から、私は南村千里という個人から始めたい
と思い、1998年から1年半、Laban
Centre Londonという学校のPDCDSコースで学びました。

 このコミュニティダンスコースでは、まず、カテゴリーに関係なく人々が楽しくダンスを踊るための指導方法、
一人一人に応じたコミュニティダンスをどのように指導すればいいのかということを学びました。また、実際に
現場で指導をしている方々を招いて学ぶこともありました。

 イギリスでは学校以外の場、例えば博物館や美術館、ロイヤルバレエ団などでも、アートエデュケーションプロ
グラムが取り入れられています。一般の人々を対象にしたワークショップも開かれています。日本でもそのような
プログラムを導入していく必要があると思います。それから、実習、研修、指導がありました。私の場合は、より
多くの方法を知りたいと思い、地域や教育機関に出かけ、一般の人たちと一緒にダンスの作品を創りました。こう
したコミュニティコレオグラフィとよばれる活動をとおしてダンスを理解してもらうことで、一般の人たちがさら
にダンスに関心を持ち、劇場でのダンスの観客が増えるという効果もあります。

 イギリスの社会政策はコミュニティ政策といわれています。政府ではなく、一般の人たちが主役になるコミュニ
ティ教育があり、その下にアートエデュケーションがあります。日本の人々のふれあいが変化してきている今、コ
ミュニティダンスを提供することは、日本にとって非常に役に立つことではないかと思っています。コミュニティ
ダンスは参加型ワークショップで、人々の日常生活により近づき、ダンスにかかわれなかった人に提供するという
目的があります。
 私は2年前に帰国し、現在は教育機関や地域などでいろいろな活動をしていますが、そこには3つの柱があります。 1つはダンスエデュケーションです。教育には知識と表現という2つの車輪があり、そのバランスがとれていなけ ればうまく走れない。どちらが大きいのかは個人個人によって異なると思いますが、自己表現による自己の確立と いうことが大切だと思います。次にコミュニケーションプログラムです。自分の身体の中の音を聞く、自分とのコ ミュニケーション、他者とのコミュニケーション、さらに社会とのコミュニケーションというものもあります。 最後にコミュニティコレオグラフです。一般の人たちと一緒にダンス作品を創る、自分の身体を使って自分の中の 抽象力を出す、また、周りの人とかかわって自分の世界を広げていくというプログラムを提供しています。そうい うことをとおして、これからも皆さんのお役に立てればと思っています。

「一般参加のダンス作品創り」
伊藤 キム 氏(ダンスアーティスト)
  参考サイトへ

 私は自分の持つカンパニーで作品を創る以外に、全くダンスの経験がない人を対象にしたワークショップを開く
など、いわゆるダンスのアウトリーチの活動を行っています。その一環として、昨年、秋吉台の国際芸術村で10日
間のワークショップを開きました。全国から応募のあった中から10名を選び、最終日には30分の作品を上演しまし
た。このワークショップに参加したのは、ほかのことを目指しながらたまたまダンスに興味を持ったという人がほ
とんどで、決して専門家の集団ではありません。

 一般の方を対象にしていていつも感じるのは、専門家でない方がおもしろいということです。長くダンスだけを
してきた人には色がついてしまっていて、それがかえってじゃまをしてしまうのです。ですから、ダンスを全く知
らない人の方が頭が柔軟で、身体にも自由にイメージを創っていくという意味での自由さがあります。知らないこ
との強さとでもいうのでしょうか、とてもピュアなところが出てきます。ただ、ダンスを続けていこうという場合
には、そういう最初の勢いだけではなく、また別のエネルギーが必要になってきますので、そこが将来を分けると
ころでもあると思います。

 コンテンポラリーダンスというのは、今現在の社会、今現在の文化が生み出すアートであるといえます。という
ことは、長年かけてつくられてきたダンスのテクニックやスタイル、方法論というものがじゃまになることも当然
あります。コンテンポラリーなものを表現していく際には、専門性というのは両刃の剣で、現代性やそのときに実
際に感じていることを表現するためには、うまく考えて使わなければならないと思います。

 また、私はダンスは社会のために何ができるかということも常々考えています。ダンスは例えば子どもたちによ
り身体を意識させるための方法となったり、あるいは障害を持つ人の身体や心を開いてもらうための方法となります。
ダンスにはそういう隠れた生産性のようなものがあり、逆にダンスを創る立場からいえば、社会から多くの刺激を受
けることができる。そのようにお互いがサポートしあい、関係を持つことが必要だろうと考えます。

 もう1つ、先程も申し上げたように、おもしろい作品を創ったりおもしろいダンスを踊る人というのは、たいてい
踊りを遅く始めた人です。ダンスを始めるまでの何十年の間に、ダンス以外のものをいっぱい見たり聞いたりしてき
ている。そこでダンスというものに出会って、ではこのダンスという器の中に今まで見聞きしてきたことや経験して
きたことを入れてやろうではないかと考える。ところが、ダンスだけをしてきた人は、それ以外のものの見方、考え
方ができない人が多いのです。これは国の政策、教育の政策ということにもなろうかと思います。

 私は社会とかかわりを持つことによって、その時代の空気あるいは考え方を反映させた、本当の意味でのコンテン
ポラリーなもの、おもしろいものができるのではないかと考えているのです。もう一歩話を進めれば、それはその社
会でしかできないダンス、日本であれば日本という国でしかできないオリジナリティを持ったダンスになるはずです。
自分が今どういう環境で生活し、どういう考え方で何を感じているかということを創るものの中に入れていかなけれ
ば、本当のオリジナリティのあるものはできないのではないでしょうか。

Q&A

(佐東) 日本のダンスというのはお稽古ごとの1つとして存在し、あまり社会に対して開かれてこなかったように
思います。これからは作品づくりと社会の中での活動が同時並行で行われ、ダンサーがアーティストとして町の中に
出ていくことがもっと増えていくだろうと思いました。

(フロア1) 踊りは遅くから始めた方がおもしろいものができるというお話が伊藤さんからありましたが、そのこ
とと学校の授業にダンスを取り入れていくこととは、どうかかわるのでしょうか。子どものころからダンスをやって
いても固まってしまわない、その教育の程度というのは?

(伊藤) ダンスを「体験」させることが、学校の授業の中に定期的にあるという程度でとどめておけばいいと思い
ます。先程言ったのは、例えば小さいころからバレエ教室に通うなど、確立されたダンスを習得するというかたちだ
とおもしろくなくなってしまうということなのです。自分の身体を意識するとか、自分の身体を解放するというやり
方であれば、どんどんやっていくべきだと思います。

(ズィヴ) 今の質問は非常に個人対個人、自分の体験対彼の体験という質問だったように感じます。キブツのダン
ススクールを創った女性は、ティーンエイジャーだったころに、アウシュビッツの強制収容所で強制的にダンスをさ
せられました。しかし、今あの学校では、気付くということに重点を置いて教えています。自分の身体に気付く、自
分に気付く、周りに気付く、そこから始まるのです。ダンスのスキルを教えていくのはもっとあとになってからです
が、そのときも、その子がやりたかったらやりなさいというものです。

(佐東) 日本で「ダンスを学ぶ」というのは、「スタジオの中でとにかくうまくなる」ということで、社会とのか
かわりがありません。それに対してコンテンポラリーダンスは、社会の中で何ができるのかという部分をもっている、
その違いのような気がしました。
(フロア2) 教育としてダンスを専攻する大学はありますが、クラブ活動としてダンスをするのは高校あたりから です。このように見ますと、子どものころにはダンスは盆踊りなどの生活習慣のかたちで取り入れられているのみで、 小中学校の教育の中にはダンスがまだ入っていないことに気がつきます。これからの義務教育にダンスを取り入れ、 またコミュニティ活動の中にもダンシングというアートを築いていけるような指導者が、どんどん生まれてほしいと 思いました。 (佐東) 堤さんは学校の中にアートを取り入れる活動をしておられますが、やりたいという学校は増えてきている のですか。それとも堤さんが売り込んでいくというかたちなのですか。
(堤) この活動を始めたころは私の方から声をかけていきましたが、少しずつ広がってきて、今では学校の方から ぜひ来てほしいという話も出てきています。総合学習の中で外部講師を招くことが増えていくと思いますが、先生が 個人で動いてプロのアーティストを呼ぶのは難しいのが現状です。ですから、学校とアーティストの間に入るNPO があれば、学校側も関心を持ってくるのではないかと思います。今は図工の先生が興味を持ってくださることが多い のですが、これからは一般の先生にもアプローチしたいと思っています。
(佐東) 私も少しずつ広がってはきていると思います。以前は教育委員会をとおさなければならなかったけれども、 今は学校の先生からこういうことをやろうという話が進んできているようです。
(堤) 学校に熱心な先生が1人いれば、すぐ実現できる状態ではあります。今のプロジェクトでは、協賛企業から 助成金をいただき、そこからアーティストに対する講師料を支払っています。教育予算の中から講師料を払う仕組み ができるように、文部科学省なり教育委員会に働きかけていきたいと思っています。
(フロア3) 私も精神に障害を持っており、岩下さんの試みには心を打たれます。そういう人というのは精神科に 通うだけでは解決できなくて、社会にいられない、働けない状況というものがあり、自分にとってフィットする方法 があるのかということを常に探し求めています。私自身もダンスやあるいは音楽を通じてと、いろいろな方法を模索 している最中です。そういうことに対して何かコメントをいただければありがたいのですが。 (岩下) 私は専門家ではないのではっきりは申し上げられませんが、踊りの力というものを信じてやっていくしか ないと思っています。ただ、やみくもにそれだけを信じるということも危ないので、細かく検討しながらということ です。どこからが病気だと線引きをするのが難しいこの世の中で、ダンスは社会に何か力を与えることができるので はないかと思います。