2001年3月16日17日 JCDN発足シンポジウム+ミーティング 議事録 会場:森下スタジオ


2001年3月16日(金)
第一部 JCDNの活動内容紹介
第二部 全国のダンスの状況(アーティスト・制作の現場から)
第三部 全国のダンスの環境つくりに向けての提言
第四部 フリーディスカッション

2001年3月17日(土)
第一部 関東圏の制作者、アーティストによる現状について
第二部 フリートーク


第二部 全国のダンスの状況

補正予算をいただいたこともあり、北海道から、沖縄までの全国のダンス関係者にお越しいただいておりますので、
全国各地の制作者、アーティストの現状や現在抱えている問題、やりたいと考えていることについて、制作者サイドと、
アーティストのお話を伺い、そこで出た話を、第3部や明日の議題として考えていきたいと思います。
北から順番にお願いしたいと思います。

<札幌>
■斉藤ちず(コンカリーニョ プロデューサー)
コンカリーニョでダンスの企画を3〜4年前から、ダンスウイークスという企画を始めました。一昨年のJCDNミー
ティングから参加させていただいています。
札幌の状況しかわからないが、札幌でやっていてやりずらいことは、スタジオの制度が非常に強いということ。
ダンサーも、踊れる人たちが、スタジオのインストラクターとして仕事をしているがために、自分の作品をつくる
ということがおざなりになっている。
ダンスの制作者がいない。スタジオの教室の公演・発表会などで、生徒が公演を制作すること多くあるが、ダンス
の状況を理解して制作していこうという人が皆無。
若い世代の人をいかにして見つけていくか、育てていくかということができていない。

■堀裕子(リミックス・アート&ダンススタジオ 主宰)
先ほどの斉藤さんと同じ問題がある。
私自身がスタジオの主催者として活動をしているが、スタジオのメインは、ジャズダンス。もともと自分は東京で
モダンダンスを学んできたが、札幌に移住して踊り続けたいと思ったが、現代舞踊協会とか、すでに固まっている
地域において、新参者がなかなか受け入れられない環境があり、もっとも間口が広かったのが、ジャズダンス関係
で、そちらから入っていった。
スタジオの枠が非常に堅いということと、ジャンルが固まっている。
ジャズダンスであれば、モダンを、モダンであれば、クラシックをどこかで拒否する状況がある。
やっている人たちのお互いの変な意識がある。フリーの若手が育っていく環境がない。
若手で目立つ活動をしているのは、どこかの大手のスタジオに所属している必要がある。そうでないと、はじき出
されてしまう現状がある。それをどう、うち砕いていけばいいのか一番考えるところ。
制作に関しても、振付している主宰者が、振付・演出・構成・美術・制作など全部をしなければならない。それは
全国どこも変わらないとは思うが、今日いろいろな話を聞いて勉強したいと思っている。

<仙台>
■佐藤友秋(仙台青年文化センター企画担当)
仙台では、仙台のバレエの活動状況は、クラシック系の教室が約30、モダン系のスタジオが約20活動していて、
毎年定例の発表会が開催され、多数の観客がこられている。
組織単位での合同公演も活発に行われており、年々ハイレベルなテクニックを披露している。
そういった観点から、バレエ・モダンダンスの文化活動において、仙台が、東北の中心的役割を担っているのでは
ないか。
95年から、青年文化センターでは、それを公的な立場から支援する目的で仙台バレエ&モダンダンスフェスティバ
ルを開催。
また、青年層の拡充を図るために、公募作品公演や共同製作企画ということで、バレエと演劇のコラボレーション
など、実験的な舞台づくりに取り組んでいる。
今年で4回目を迎え、さらなるフェスティバル全体のボリュームアップを図るために、日玉浩史さんを迎えてのコン
テンポラリーダンスワークショップを'99年より開催している。
1回目がホールでワークショップを未経験者、振付家ダンサーのためのワークショップの2本立てで3日間開催。
2回目は、仙台ダンスフォーラム2001として、前回同様のワークショップと、舞踊評論家の桜井啓介氏を迎えての
ビデオレクチャー、山崎広太・日玉浩史両氏によるダンスショーケースを実施。
すべて企画は評判がよく、これから、このバレエを介して、豊かな生活を目指して企画していこうと思います。
今のところ仙台では問題はありません。

■千葉リカ(仙台シティーバレエ研究所所属)
普段は、子供たちにバレエを教え、自分もダンサーとして踊る。自分で作品を作るときは別のルマンという団体を
作っている。実際は、教えることが忙しくて、なかなか作品を作ることができない。
コンテンポラリーダンスが仙台で活発だったのは、1990年に仙台で、モダンダンサーとクラシックダンサーの枠を
越えて、仙台ダンシングハートカンパニーができた。それは指導者が主に活動していたので、1998年3月に行った
公演を最後に、活動停止状態という悲しいことになっている。
先ほどの仙台バレエ&モダンフェスティバルの公募公演の枠をいただき、99年と2000年に2回続けて行いました。
演劇とバレエのコラボレーションという形をとったのですが、助成金をいただけて、小屋と付帯設備の全額負担を
文化事業団がしていただける。お金もなく、制作から作品創作まで全部をするのは初めてだったので、非常に助か
った。印刷費を負担していただいたり、いろいろ教えていただいたりと、舞台をつくることを1から全部やれたの
はよかった。
ただ、フェスの中で、モダンの踊舞連合と、クラシックのダンサーが集まっているバレエ協議会の公演がつづき、
その後に公募公演がある。さらに日玉氏のショーケースやビデオレクチャーなど、毎週毎週いろんな催しがあって、
見に行くのが難しい。ひとくくりにまとめたほうがやりやすいのはわかるが、見に行く側には大変であった。

<新潟>
■小川弘幸(文化現場)
ダンスだけではなく、様々な文化イベントの個人事務所の制作者。
新潟では、公立ホールをはじめとする自主企画や、鑑賞団体・プロモーターの公演などはあるが、どうしても、その
枠から漏れてしまう公演がある。コンテンポラリーダンスはさておき、舞踏と呼ばれているダンスは当時なかなかみ
ることができなかった。
個人事務所であり、一つ一つの企画に対して、プロジェクトチーム・有志が実行委員会を設立して単発公演を成立さ
せてきたのが10年前の状況。
ここ3-4年程は、舞踊協会の活動は活発にあるが、舞踏やコンテンポラリーダンスは活動している人が少ない。
それが、3年ほど前に、堀川久子さんという、田中泯氏の舞塾におられた方が新潟に戻り、ストリートから美術館や
ギャラリーなどでコンテンポラリーな活動をジョイントや公演、ワークショップをするようになったことで、踊りに
出合う機会が確実に増えてきた。
もう一つは、新潟芸術文化会館ができたことによって、いろいろなダンスや良質な舞台にふれる機会は増えてきた。
実際には、公立が自主事業でやっても、ネームバリューのある方、話題性のあるものでないと、動員に苦戦している。
宣伝したら人が集まるという状況ではない。

■菅野(鼓童)
鼓童という太鼓グループの制作で、小島千恵子というダンサーの制作もしている。鼓童は大劇場での公演がほとんど
であるが、小さいところなどでも取り組んでいこうとしている。
アーツセレブレーションという佐渡で開催している音楽中心のイベントの中で、ダンサーの方の公演も入れていこう
としており、そのための交流もこの機会でやっていきたい。
鼓童のメンバーもダンサーとコラボレーションを行っている。

<前橋>
■小見(前橋芸術週間)
関東圏であり、東京に近いということもあり、距離感故に地域に文化的特色を見いだせないという問題がある。
鑑賞するにしても、すぐ東京に出ていけてしまう。
今年は、前橋リサイクルプロジェクトにおいて、消防署跡地などをレジデンス施設にして活動を展開していく予定。
役者や演出家は地域において活動もしているが、制作者が育たない。演劇についてもそうですが、制作だけでは生き
ていけないということもあり、ほとんどが東京に出ていき、ダンサーやオーディエンスを結ぶ役割がいないというの
は問題である。全国でも同じ状況であるということを聞けて、非常に心強く感じた。

<富山>
■笹谷努(富山県民小劇場)
ダンスの状況は、教室がベースになっており、学んでいる人が、学んでいるものを見るという密接な関係あり、異なる
ジャンルのものが動員が厳しい。テレビにでているような方は人が入るが、知名度の低いものは入らない。発表会的な
ものが主で、創作的・実験的な舞台がない。
一番の問題は、公演が少ないということもあるが、やり方はストレートすぎている。楽しいとか興味を引くような内容
が工夫されていない。施設の特長が生かされていない。集客方法が、通り一遍当。プロデュース能力を持っている人が
育っていない。いろいろな人との出会いが少ない。
これまで、伊藤キム氏や岩下徹氏らの特徴を生かしたコンテンポラリーダンスの事業展開もしている。このジャンルを
越え、ライブ形式でできる公演をもっとしていきたい。
プロデューサーを中央から地方に双方向の流れを恒常的にできないかと考えている。

<金沢>
■喜多尾浩代(振付家・ダンサー)
コンテンポラリーダンスは非常に少ないが、モダンダンスやバレエがなじめていないというこはなく、横のつながり
がいい感じで行われている。
アート関係や演劇関係、舞踏の方とも、一緒にディスカッションをしたり、コミュニケーションがとれている。
それは、金沢市民芸術村(市とボランティアにより運営されている)が、アート工房やミュージック工房、ドラマ工房
があり、それが一つの大きな建物の中にある環境があるため、アート、演劇、音楽の方々ともフリースペースで交流が
できる。しかし、問題点としては、金沢はプロデューサーがいない。
金沢市の企画がいろいろあっても、プロデュースする人が一人しかいないために、内容がさほど変わらない。
だが、一般の方にとっては、その方が安心するということがあるようで、アーティストサイドと市民サイドのずれを感じる。
JCDNに期待することは、県外からの仕掛け人となってほしい。
身体表現を言語化できる人、批評家とまではいわないが、言葉にできる人も巡回していただきたい。

<名古屋>
■伊藤ふき代(プロデューサー)
名古屋においても、コンテンポラリーダンサーは少ない。
もともとジャズダンスや、モダンダンスを学んでいた人が、東京や海外にいって帰ってきて、コンテンポラリーをやって
いる人と一緒にやっている。
名古屋には、愛知県芸術センターがわりと活躍しているメジャーなコンテンポラリーダンサーの紹介をしている。
それ以外のもう少し小規模な活動を行っている。ワークショップもダンサーが主催するという形で行っている。今困って
いることは、東京や大阪からダンスをやりたいという声があるが、ダンスにあった小屋が少ない。練習室もなく、市のコ
ミュニティーセンターなどを利用する他ない。
観客とダンスをするアーティストの仲介者として活動していきたい。

■山田珠実(ダンサー)
昨年から名古屋に移住。
さびしいと感じる。ついていきたいと思っている人はたくさんいるが、自分で活動をしていきたい人は、外に多く出てい
ってしまっている印象がある。東京にいる頃は自分から教えるようなことををするような人間ではなかったが、名古屋に
帰ってから自分から何かをしないと、自分で動きを見つけたいと思っていたり、人前で作品を見せたいと思っているダン
サーが、勇気づけられる状況が少ないのではないかと、細々とワークショップをやってみようとしている。そのワークシ
ョップを続けていくことと、コンセプトを持って運営されているスタジオがないので、それを立ち上げられるようなパワ
ーを名古屋に根付かせていきたい。

■寂光根隅的父(七ツ寺共同スタジオ)
七ツ寺共同スタジオは、芝居が多いが、昔から舞踏やダンスの紹介もしてきている。
自分でも劇団を主宰しており、演劇の演出をしている。名古屋の状況は、前の方と同様に、稽古場の不足は慢性的にある。
七ツ寺共同スタジオも慢性的な資金難。
名古屋においても、レッスンスタジオの影響が強く、自分たちの作品をつくりたいとしている人がいるので、それが大き
な流れになっていけばよいと思う。
七ツ寺では、山崎広太氏と俳優とダンサーの共同作業で、スプーンという作品をつくったり、外から振付家やダンサーを
呼んできてワークショップをやったりと、そういう挑発をして、名古屋のダンサーを変えていきたいと考えていたが、
最近は、なかなかそれだけでは変わっていかないと思っている。
名古屋でも少しづつ自分の作品を作りたいと考えている人に、場所を提供していきたいと考えるに至っている。

<京都>
■西田尚浩(京都市東山青少年活動センター)
3/8に施設が新しくなった。
7年ほど前から、半年間ほどかけて参加者を募って作品をつくるということを行ってきた。
この施設は、17歳から30歳の方がつかえるということで、青少年の成長の援助を目的としている。
部屋もいくつかあり、創造活動室やレッスンルームがある。
青少年の成長に一番大切なことは、ダンスを作っていく課程の中で、自分自身と向き合ったり、これまでの価値観に?を
持つとか、ダンスはそういう可能性を秘めていると思って、意識的にダンスを使った活動を考えている。
新しいホールもできたために、できれば実験的な作品を行ってもらいたい。
ボランティアスタッフや応援組織をどういう風につくっていくのかが、今後の課題。何かを生み出す場所を作りたい。

■小原啓渡(アートコンプレックス1928 プロデューサー)
オープンして1年半もたっていないスペース。
公的な援助や企業支援がまだないために、資金的に非常に厳しい状況。
特別にダンスに特化した小屋ではないが、個人的にこれまでにダンスに関する仕事をしてきていたために愛着がある。
コンプレックスアート(複合芸術)ということをテーマに、ダンスにおいても、複合的な要素を持ったものに注目して
いうる。複合芸術として、ヌーボーシルクを取り上げていきたいと考えている。
ダンスが複合芸術的な関わりを持っていくということに注目している。
京都は、JCDNの事務局があったり、芸術センターや東山青年の家があるなど、東京以外でいろんな活動があることはい
いことだと思う。

<伊丹>
■志賀玲子(伊丹アイホール プロデューサー)
90年よりアイホールダンスコレクションを企画している。
伊丹市立演劇ホールは、伊丹市が文化的なイメージがあまりなかったために、小劇場演劇に特化したホールを設立した。
当時は、小劇場演劇とダンスの状況がそれほどわからなくても企画が通ったというのが本当のところかもしれない。
5年ぐらい前は、すごくきつかった。砂漠に水を撒いているような何をやっても、観客も増えない時期があった。
それが、トリイホールができたり、びわ湖ホールという大きな劇場ができ、これまで関西にはこなかったダンスカンパニ
ーの公演があったり、アイホールの活動自体は変わっていないが、10年の間の状況変化を感じる。関西の状況はおもしろ
くなっている。地方間のネットワークにも興味があるが、同じ地域の中の規模の違う劇場間のネットワークの方により興
味がある。アイホールは空間としては、小劇場にしては大きいため、どちらかといえば、東京や海外から、関西ではみら
れないものを持ってきて、刺激剤として機能させたいというのがあったが、どんどん関西のアーティストが育ってきてい
るのをみると、今後どういう形で関われるのかをみていきたい。
当初からアイホールは民間プロデューサーとの嘱託職員という形のため、アイホール以外にも、びわ湖ホールの夏のフェス
ティバルのプロデュースも手がけている。
同地域内の規模の違うホールをたまたま同じ人間がやっていることもあり、アイホールでやってきたものや、トリイホール
でやってきたアーティストが、なんらかの形でびわ湖ホールでやっていけないかと考えている。

<大阪>
■大谷 燠(トリイホール プロデューサー)
関西のダンスの状況に関しては、ある意味において、活性化しているいい状況にある。トリイホールは、みなみの千日前
にある、120入ればいっぱいになる小さなホール。95年より、Osaka Dance Experience、96年から、Dance Boxを開催。
年間40公演ほどを企画制作を行っている。
量をすることによって、質を向上させていく。現在では、関西在住のアーティストが関西以外の土地で活躍するようにな
りつつある。それとともに、一方で観客はどの程度増えているのか。観客は増えては来ているが、アーティストが増えて
いることに必ずしも比例していない。
ワークショップも開催しており、昨年は、廃校になった精華小学校を使ってワークショップの企画を開催しているが、ワ
ークショップ受講者が必ずしも観客として見に来るとは限らない状況がある。
国際交流として、パリにおいてDance Boxという同名の企画が開催されるようになったのはおもしろいこと。また、オース
トラリアのメルボルンにおいても、ダンスハウスという劇場とも、劇場間の交流を展開しようと考えている。
JCDNの中でDTWとエクスチェンジレジデンスプログラムが始まっているが、劇場自体が、独自にそういう活動を行う必要
を感じている。
ダンスの言語化においても、トリイホールは現在15名のボランティアスタッフに支えられており、そのスタッフが、ニュ
ーズレターを発行して、ダンスを言語化する作業を担っている。大きな資金不足が慢性的にある。

■エメスズキ(ダンススペース主宰・アーティスト)
97年より活動。大阪のコンテンポラリーの環境について2点あります。
大阪でコンテンポラリーダンスを発表するにおいては、ダンスサーカスという企画が、非常に重要で、観客があってこそ
成立するものですので、入り口が用意されているというのは、作り手にとっては恵まれていると感じる。
クラシックバレエを続けながら、コンテンポラリーをやりたい人が多くいるということを感じて、最近「ダンスを作ろう」
というワークショップを企画している。
ダンスを作るという根本の部分にどれだけ、水が注がれているのかということころで、地域にこのような場があることが
大事。もう一つは、元精華小学校で一般の人々向けのワークショップが行われ、自分一人ではできないことも、トリイホ
ールや地域社会と協力してできることで、自分自身の広がりも感じることができた。
ダンスの持つ可能性として、やりたいことがあるそれぞれの立場の人が、こういった意見を交わして共同するとできるもの
が、以外とたくさんあるのではないかと、参加したことによって感じた。大阪の地域の独自性でもあるかもしれない。

<京都>
■金谷暢雄(オプスエクレクト主宰 アーティスト)
関西の活性化の一つとして取り組んでいることは、JCDNの方々や、神戸アートビレッジセンターなどと協力しています。
98年より、元バニョレ国際振付センターのディレクターであったロリーナ・ニコラス氏を迎え、振付家作品公開ディスカ
ッションを行っている。
これは、ロリーナ・ニコラス氏を囲んで、振付家を囲んでディスカッションをするもので、この中では、非常に作品に対
する厳しい意見や責任について話し合われる意義深い企画。99年より、アイホールの事業として開催されるようになる。
今年2月に3回目が開催され、だいぶ浸透してきたと感じた。
関西のアーティストは、おもしろい状況にあり、大阪トリイホールを中心に全国全世界に活動していくのは遠くないと感
じるが、現時点では、それのための経験が不足していると思われる。
JCDNがあることで、これを突破口にがんばっていけるのではないかと感じている。
一転して、カンパニーが自主公演するとなると、赤字が嵩むということがある。

■坂本公成(モノクロームサーカス主宰 アーティスト)
関西はポテンシャルの高いダンサーやカンパニーが生まれている。作品の交流が語られているようだが、ある意味、制作
の現場に恵まれていると感じる。
たとえば、東山をはじめとする青年の家の施設による支援や、京都芸術センターのオープンに伴いアトリエ使用ができる
ようになったり、京都芸術センターのダンスプログラムが若手のダンサーを支援するプロジェクトを自身でも企画してい
る。ダンスカンパニーを主宰して思うことは、京都で活動をしていると、国内ではいろんな人にみていただく機会が少ない。
30代を越えてコンテンポラリーダンスをしている人が少ない。
労働運動ではないが、ダンサーの社会的状況がよくなるような活動ができないだろうか。

<山口>
■辻(秋吉台国際芸術村)
ワークショップやアーティストインレジデンスの企画を行っている。
98年にオープンし、ダンスに限らず、様々なジャンルのワークショップやアーティストのレジデンスを開催。ダンスでは、
これまでに4つ程で、基本的にはワークショップ的な活動がメイン。ダンサーを呼び、ワークショップを開催し、受講生と
一緒に最終的に作品発表をめざしてリハーサルなどを重ねるという企画。ラルフレモン、伊藤キム、ミエコカンポーらの
活動を行う。
基本的に製作の場を与えるということがメインで、発表の場ということに重点をおいておらず、むしろ、アーティストに
実験を行ってもらう時間と場所を提供することを目的としている。
課題としては、我々自身ダンスの制作に知識がないことと、現実的にダンサーの情報を持っていない。地域との関わりを
考えると、地元からの応募が非常に少ない。活動の言語化をこれから考えていかなければならない。批評家の方々にも来
てもらう必要がある。

<高知>
■藤田直義(高知県文化財団 企画課)
高知県立美術館に400席の劇場を持ち、一体で運営している。
8年程前より、年間12回程度の事業を行い、半分が映画上映、残りが、音楽コンサートと、舞台公演。舞台には、演劇と
ダンスがあり、ダンスの公演自体は、1〜2回程度。
企画に関しては、制約はないが、遠隔地のため旅費などにより、1公演にかかる経費が多くなる。そのため回数を打つの
が難しい。400席というキャパに合わせた公演を選ばざるを得ない。
映画などなら、非常に単価が安く、お客が少なくとも、あまり問題はないが、出演者がいるような舞台公演に関しては、
集客に関しても、責任が多くなる。いかに多くの公演を打てるようにしていけるかが、今後の課題。

<福岡>
■古賀((株)イムズ マーケティング部)
福岡の天神にある、ファッションビルの屋上にある中規模のホール。バブル期に建設されたホールで、ビルのイメージの
ために、イムズホールという中規模のホールをもち、芸術祭を年に一度開催している。
芝居がメインであったが、一昨年より、舞台表現を紹介したいということで、イムズパフォーミングアーツを開催。
作り手を地方に迎え入れるための資金、お客の動員の問題が全国の状況と同じようにある。
昨年、珍しいキノコ舞踊団を招聘して開催し、キャッチーなビジュアルイメージを利用して、アパレル関連での宣伝など
の結果、新たな客層が広がりつつある。福岡の新しい動きとどう連動して、ファッションビルにあるイムズに何ができる
かを考えていかなければならない。

<沖縄>
■岡松美枝:(S.O.D.主宰 アーティスト)
99年4月に活動を始める。沖縄の状況について。
沖縄のパフォーミングアーツというと、どういうイメージがあるかというと、沖縄の琉球舞踊であったり、組踊りではな
いだろうか。沖縄の劇場においても、琉球舞踊や、組踊り、ウチナー芝居などが上演され、常に多くの集客を得ているが、
プレイガイドでの販売はほとんどなく、手売りでその集客を行っているという特殊な状況。
ジャズダンスやクラシック、モダンバレエの教室で、新しい活動をしようとしている人はいるが、コンテンポラリーダンス
や、現代舞踊ということを打ち出していても、それを理解されることはまずない。
コンテンポラリーダンスのワークショップは、知る限り、3年前に一度しか行われていないが、体を意識したワークショッ
プが、昨年よりバタバタと行われるようになった。
それは、自分たちと同世代の人間、舞踊というよりも、演劇や美術畑の若手アーティストが、非常に危機感をもっており、
自分たちの作品の突破口がなかなか見つからない。
沖縄の地理的状況と、経済的・金銭的な状況もあり、ライブなものがなかなか発展していかない。
逆に琉球舞踊の人たちは、お師匠クラスは、政治的なことも含めて、国内のみならず、海外公演もあり、多忙であり、弟子
クラスも非常に忙しく、新たな活動を見いだそうとはしていない。
その中から若手のわずかの人が、ようやくボディーワークや、他のジャンルに目を向けようとしている。
その中で、美術側の発想で、美術プロジェクトで、ジャンルを越えて血の交換をしていこうという動きがある。
現代舞踊であったり、ギャラリーでの活動をしていくとき、美術側の人がまずアプローチがある。そして、ようやく演劇の
人が考えようとする姿勢が見えてきた。
沖縄には、これまで、現代舞踊家が本土からきて公演している。劇場での公演は、問題がないが、沖縄には、芸能における
聖域があり、それとの絡みが今後の課題である。